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2019年8月15日 (木)

「この世界の片隅に」と先の大戦に関する思い

 去る8/3(土)にNHKで放映されたアニメ映画「この世界の片隅に」を録画しておき、盆休みを利用して観ました。同年公開の「君の名は。」をさしおいて映画の賞を受賞したり、高く評価している方々も多くいらっしゃる中、筆者はさして感じるものはありませんでしたが、この作品で心動かされる人や戦争について思いを致す人が多くいたとするならば、それはそれで価値のあることなのでしょう。

 先日NHKニュースで見ましたが、沖縄にある「ひめゆり平和祈念資料館」を訪問した学生らが感想を書き残すノートには、最近「展示を見てもピンとこない」「字ばかりで難しい」などという記載が増えてきて困惑しているそうです。「艦砲射撃」が何か分からないという意見もあったそうですが、似たような話は10年以上前からあって、関西方面の大学で教授が「艦載機による空襲」の話をしたところ、学生が「カンサイキって何ですか」というので「大阪や神戸を空襲した米軍の飛行機だ」と答えると、「じゃあ東京や横浜を空襲したのはカントウキですか」と返ってきた…みたいな雑誌記事を読んだことがあります。

 筆者は昭和50年代後半から60年代にかけて小学生でしたが、先の大戦を直接経験した世代が教員として存在していたぎりぎりの世代だと思われます。教頭先生が「若い血潮の予科練の~」と歌いながら廊下を歩いていたり、旧満州から引き揚げてきた経験のある音楽教師が「君が代が国歌という法律はない(当時)から」と言って教科書を全く使わずロシア民謡ばかり教えたりといった、一種カオスな環境ではありましたが、右寄り左寄りの主義主張はあれども「戦争は悲惨なもの」という認識は共通していて、実体験も踏まえてそういう教育を受けてきました。こういった認識は誰でも当たり前に共有できていると思いがちなのですが、ひめゆりの話にしろ艦載機の話にしろ、どうやらそうではない世代が存在しているということを認識する必要がありそうです。

 そういう観点から「この世界の片隅に」を見てみると、直接的に何らかの強いメッセージ性を帯びた内容ではなかったからこその高評価なのかとも思えます。ただそれは「そうではないから評価できる」という価値観を共有できる人々の中でしか評価されない可能性は高そうです。「戦争は悲惨なものである。日本も体験した。たくさん迷惑もかけた。だから繰り返すことはできない」という認識をどうやったら若い世代にも伝達できるのか考えるのが、もはや若いとは言えない我らの世代が行うべき責務なのかなと改めて感じたのでした。

 まあ先の大戦で得られた教訓が世代間で共有されているのかというのは、別に日本だけではなく米国にも存在する問題だと個人的には思います。「もっと駐留米軍の経費負担しろよ、しないなら日本や韓国から引き揚げるぞ」とか「お前らもホルムズ海峡に海軍出せよ」とか言っているトランプ大統領、太平洋戦争でおびただしい損害を受け日本を敵に回すことの危険性を悟り、日本的価値観の破壊によって骨抜きにしようとした(そしてそれはかなり成功した)先人たちの苦労を忘れているのだろうか。昭和でいうと21年生まれのトランプ、筆者の父親とほぼ同じような世代なのだけれども、「ジャップはクレージーだから敵に回したらヤバい、軍隊なんか持たせるな」くらいのことを親父から聞かなかったのか。もしそうなら親父の責任でもあるし、陸軍幼年学校を卒業していていながらこんな浅はかなら愚かだ。日本がアメリカのケツ持ちから脱却し、将来日米が再び太平洋を挟んで死戦する事態となってもいいのかねえ。

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