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カテゴリー「徒然草」の1件の記事

2016年3月21日 (月)

徒然草第243段(八つになりし時)

 当ブログの名を「ときめき徒然草」と名付けたのは、「ときめきメモリアル(初代)」が好きなのはもちろんのことですが、兼好法師の随筆である「徒然草」が面白くて好きだったからです。高校生の頃、古文が苦手という同級生が結構いましたが、筆者は大学進学などするつもりがなかったので、純粋に読み物として楽しめたのかもしれません。

 

 その「徒然草」一番最後の記事である第243段に、兼好法師8歳の時の面白いエピソードが記されています。兼好少年が父に「仏様ってどういうものなの?」と尋ねると、父は「仏様とは人がなられたものだ」と答えます。兼好はさらに問います。「人はどうやって仏になるの?」父はまた「仏の教えによってなったのだ」と答えます。兼好はさらに質問します。「その教えた仏は、何が教えたの?」父は答えて「それもまた、前の仏の教えによってなったのだ」。兼好はさらに質問して「その教え始めの一番最初の仏は、どういう仏だったの?」父は「空から降ってきたのかなあ、土から湧いてきたのかなあ」と言って笑い、後日「息子に問い詰められて、答えられなくなってしまいました」といろんな人に話して面白がったとのことでした。

 

 子供は「何で?どうして?」とか「あれ何?これ何?」と好奇心の塊になる時期があるものなんでしょうが、8歳で仏の何たるかを問うなんてさすが兼好は違いますね。それをさらっと書き付けて600年後まで自画自賛してしまうところもたまりません。

 

 筆者自身はどうだったか思い返してみると、高橋英樹が主演していた時代劇「桃太郎侍」を見ていて、「何で『桃太郎』なのに鬼(正確には般若)のお面して出てくるの?」と聞いたことがあります。父曰く「そらお前、桃のお面なんかしてきたら悪い奴らが怖がらへんやろ」…今となっては訳の分からん理屈ですが、筆者もこんな程度で納得できていたようなかわいい少年時代もあったということです。少し懐かしく思い出しました。今日はお彼岸ですしね。

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